スーツの袖口からシャツがのぞいている方が、白が引き締め役となり、清潔感を感じさせます。スーツの上着を着た際に、腕をまっすぐ下ろしてみて、シャツの袖が1〜1・5cm程度のぞくのが理想のサイズです。それより多い場合はお直しで調節してください。ちょっとしたことですが、この気遣いが全体のバランスをとてもよく見せます。しかし、カジュアルでは袖丈が長めの服が一般的になっているせいか、この1・5cmをのぞかせているビジネスマンは非常に少ないと思います。パンツの丈と同様ですが、ショップの採寸も、まかせて安心というわけにはいかない状況であるのも残念なことです。やはりあなた自身がしっかりと意識したほうがよいでしょう。袖□からシャツをのぞかせるわけですから、もちろんそのシャツも清潔である必要があります。シャツの袖は、汚れやすく、また何度もクリーニングをすると擦り切れてしまうデリケートな部分です。だからこそ、着る人の繊細な気配りが表れる部分ともいえますね。あなたも繊細な気配りのできる男に魅せるため、1・5cmにこだわってみてはいかがでしょう?
寿命のないまま、いつまでも着続けられる幸運な服もたまにはある。翌年にはもう見切らなくては、という服もある(私はその手のものは買わなくなった)。そういう服に対する決断を早くして、方法を講ずる、ここのところが大切みたい。パットを取ればシルエットが柔らかくなって着られたり、ボタンを替えたら新鮮だったり、のいろいろな方法。毎日を忙しくあたふたと生活しているとそんな余裕がなくて、古いものをそのまま着ていたり、あるものを着ないで、新しいものを次から次へと買ってみたり。これは決していいことではない。ましてこのご時世ですもの。もう一つ私達世代の陥りやすい罠は、郷愁への思い入れ、というか若い頃の自分を引きずりがち。
「ずっと着てきた」の「ずっと」は、日本ではたかだか五十年、スーツの祖国イギリスでも百五十年そこそこである。「礼儀」とか「慣例」というならば、いったいなぜそうなってしまったのだろう?いや、むしろ、そのたかだか五十年、百五十年の間すら、「変わらない」ことこそがスーツの信頼感の根拠になっているのだろうか。変わらないことは本物であることと誠実の証?長い長い服飾の歴史を概観すれば、百五十年変わらないからといってどうということはないが、その短くて長い百五十年の間に経てきた女性服の変化のめまぐるしさと比べれば、やはりその間ずっと本質を変えなかったということは、敬意を払っていい偉業のひとつかもしれないと思う。それにしても、スーツが地球レベルで一定の信頼感を約束する服であるというのは、不思議すぎることではないか?